2019年9月17日、東京商品取引所(以下、TOCOM)は電力先物商品の試験上場を開始、東西エリアのベースロード・日中ロード商品の先物取引(2019年9月限〜2020年11月限)が実現しました。
電力先物について、現時点での評価は困難でしょうが、まずは取引の厚みを増して流動性の高い市場を実現することが当面の課題でしょう。今回は広く主張されている電力先物取引の実務上の効果について考えたいと思います。
1 信用リスクのヘッジ
TOCOMはクリアリングハウス(清算機関)が決済を保証するため、相対取引をふくめた信用リスクを回避できるとしています。具体的には立会外取引をTOCOMに申告することで日本商品精算機構(以下、JCCH)が取引の履行・決済を保証することになるとされています。
このところ新電力の信用リスクが電力市場の不安定要因になっています。日本ロジテック協同組合が2016年3月に経営破綻した際、同組合に卸電力を供給した多くの発電事業者が債権回収を断念しました。クリアリングハウス機能を活用することで、このような事態を回避し卸取引の安定性を担保できる、というのがTOCOMの考えです。
この機能が有効かどうかは、取引参加者の債務履行リスク、JCCHの剰余金、電力取引の証拠金水準などに依存します。JCCHもビジネスである以上、信用リスクの負担を可能な限り限定したい、というのが本音でしょう。すでに証拠金水準については「高い」と主張する市場参加者もいます。目論見通りに進むかどうか、今後の取引の動向をウォッチする必要があります。
2 価格変動リスクのヘッジ
TOCOMは電力先物でヘッジすることでJEPXから現物を購入・販売する価格をあらかじめ固定化し、価格変動リスクを回避できるとしています。周知の通り、JEPXの現物価格は猛暑・厳冬や発電所のトラブル等による価格変動(ボラティリティ)が大きく、特に電源調達を取引所に頼る新電力にとって経営安定性を大きく損なう要因となっています。
留意すべき点は以下の2つです。まずこのような取引形態は買い手(具体的には新電力)のリスクヘッジになりますが、売り手(発電事業者)にとってはリスクを負うことになりかねない、という点です。季節商品である電力価格をあらかじめ固定する以上、売り手は一定の季節プレミアムを要求すると考えられ、このため夏・冬の先物価格には相応のプレミアムが上乗せされる可能性があります。次に新電力が求めているのはボラティリティの高い時間帯の変動リスクのヘッジですが、先物商品はベースロード(24時間)・日中ロード(12時間)の2商品のみで、ニーズに合った商品構成になっていない点です。少し気の早い話ですが、新電力はいずれ、さらに細分化された時間帯構成の商品上場を要求する可能性が高いと考えられます。
3 発電マージンの固定化
TOCOMはドバイ原油先物の「買い」と電力先物の「売り」を組み合わせることで発電マージン(=卸電力価格と燃料(LNG)価格の差)をあらかじめ確定することができるとしています。少し複雑なので説明しましょう。日本のLNG購入価格は原油価格を変数とする一次式(Y=aX+b:YはLNG価格、a・bは定数、Xは原油価格)によって産地ごとに決定されます(スポットを除く長期契約)。
したがって原油先物をあらかじめ「買う」ことで事実上、LNG価格を固定することができるわけです。同時に電力先物を「売る」ことで将来の発電マージンを確定することができるため、発電事業者は予期せぬ電力価格の低下や燃料費の上昇リスクをヘッジできる、というわけです。
理論的にはこの通りなのですが、実務的には問題もあります。まず太陽光発電の普及が進み、現在の卸電力価格はLNG火力のみならず石炭火力の発電価格によって決定される時間帯が徐々に増加すると考えられます。加えて取引所で販売されるLNG火力の熱効率はMACC(More-Advanced-Combined-Cycle)からコンベンショナルまでさまざまです。このような実態から発電マージンを単純に卸電力価格と燃料価格の差と割り切ることはできません。
電力先物についてはこのほかにも注目すべき点が多々ありますが、まずは試験上場の実現自体を高く評価すべきでしょう。今後、約定を積み重ねることでさらなる課題・改善点が明らかになってきます。