原子力訴訟の要点と司法リスク

原子力を巡る訴訟が相次いでいます。原子力の司法リスクを考える上で裁判所の判断を理解することは不可欠ですが、法律家の文章は冗長・難解です。裁判所の判断のポイントは何か、今後の司法リスクはどの程度なのか、を十分理解されている方はごく少数でしょう。今回はこの点について、要点を絞ってご説明します。

行政訴訟と民事訴訟

原子力を巡る訴訟には2つの種類があります。行政訴訟は行政庁に対し、原子炉の設置許可処分取り消しを求めるもの、民事訴訟は電力会社に対し、原子炉の停止を求めるものです。

1992年伊方最高裁判決

本判決は伊方原発の原子炉設置許可処分取り消しが求められた行政訴訟です。行政・民事を問わず、昨今の原子力訴訟の要点を理解するには本判決の枠組みを知ることが不可欠ですので、ごく簡単にふり返ります。

本判決は行政庁による原子炉設置許可処分について、以下の2点について「不合理な点がない」ことが行政庁によって立証されることを要件としたうえで、上告棄却(つまり住民敗訴)の判断を示しました。

1 具体的基準

2 審議・判断過程

最高裁でこれら2点に不合理がないことが許可処分の要件とされたことは、行政訴訟のみならず、その後の民事訴訟にも大きな方向性をしめす契機となりました。

最近の民事訴訟の動向

民事訴訟では、住民が「自然現象に対する原子力発電所の安全性が十分でなく、過酷事故を生じる可能性が高いために、住民に重大・深刻な被害を与えるおそれがある」として原子炉の停止を求めます。

裁判所はおおまかにいうと以下の2点を判断することになります。

1 原子炉の自然現象に対する安全性は十分ではないのか

2 住民に深刻な被害を及ぼす可能性は十分小さいか

では、この2点をどのような基準で判断しているのでしょうか?

すこし詳しくみてみましょう。

1 安全性について

安全性については伊方最高裁判決と同様に、具体的審査基準と審議・判断過程の合理性によって判断する傾向がほぼ定着しています。

火山ガイドと破局的噴火

昨今、とくに問題となっているのは「火山ガイド」(正式名称は「原子力発電所の火山影響評価ガイド」)です。これは原子力発電所への火山影響を評価するため、発電所の安全に影響を及ぼす火山現象の抽出、評価方法をまとめたものです。

ガイドでは「原子力発電所の運用期間中に火山活動が想定され、それによる設計対応不可能な火山事象が原子力発電所に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価できない場合には、原子力発電所の立地は不適と考えられる」とされています。

では原子炉が備えるべき「火山事象」とは、どの程度の規模の噴火を指しているのか、この点が重要な問題となります。

火山ガイドが破局的噴火を火山事象に含めている(したがって発電所に対策を求めている)、と考えればそのような事態に耐えうる安全設計を備えていない原子力発電所の運転は容認できないことになります(伊方原発3号機の運転差止めを求めた広島高裁決定は、このような判断をしたものです)。

また破局的噴火は火山事象に含めていない、と考えれば、原子炉が備えるべき火山事象は、一定規模に限定されることになります(もっとも、そもそもそのような基準は不合理ではないか、との疑いがでてきます)。

内容は多岐にわたり、詳細は割愛しますが、火山ガイドの合理性を巡って裁判所の判断は分かれており、これを不合理とする判決が相当数あることは注目すべきでしょう。

2 被害発生の可能性について

仮に破局的噴火が発生すれば、原子炉に過酷事故が発生することは否定できません。しかし、このような事態にまで備えた安全性を求めることが、そもそも正しいのでしょうか? 国家の存亡に関わるような自然現象(例えば巨大隕石の落下)に備えることを求めた法制など、ほかに存在せず、原子力発電所といえども、このような事態に備えていないことを理由に停止を求めることは適当なのでしょうか? 住民の被害発生の可能性をめぐって、このような点が問題になります。

これについて、最近では「社会通念」という概念が持ち出されています。発生頻度が著しく低く、破局的被害をもたらす自然現象のリスクは「無視しうる」(というより無視せざるを得ない)のが「社会通念」であるというのです。

(伊方原発3号機の運転差止めを取り消した広島高裁異議審決定は、まさにこのような判断をしたものです)

司法リスクは継続する

さて以上の判断を踏まえて、今後の原子力発電の司法リスクを改めて考えてみましょう。

まず民事訴訟とはいえ、「審査基準=不合理」との判断が多数みられることは極めて重要です。伊方最高裁判決にしたがえば、かりに行政訴訟でこのような判断が下されれば、設置許可処分取消し(したがって原子炉停止)となってしまうためです。

次に被害発生の可能性について「社会通念」という曖昧で抽象的な概念による救済が相次いでいるのは、やむを得ない部分があるとしても、不安定といわざるをえないでしょう。理想をいえば、被害発生の可能性について、科学的・客観的基準によって判断されるべきでしょう。

2017年12月13日の広島高裁決定による伊方3号機停止仮処分を最後に、原子炉停止にいたる判決・決定は下されていません。しかし裁判所の判断内容を十分吟味すると、行政・民事いずれも原子炉停止にいたる司法リスクは依然として継続しているのです。