経済産業省は電力市場の活性化に向け、多様な市場の創設を進めています。この背景には電力自由化後、自主電源を持たない新電力が徐々に淘汰され、生き残り競争が激化し始めていることが挙げられます。特に今年の厳冬により卸価格が高騰したため、新電力の撤退・売却が相次いでおり、電力業界は優勝劣敗を伴う再編プロセスに入りつつあります。
当局は新電力が長期に亘り、一定規模の安価な電源調達を実現できるよう、市場を通じた電源調達を活性化し、現在の競争状態を継続しようと考えており、そのひとつに電力先物市場の構想があります。しかし電源調達を先物市場によって実現することは困難でしょう。理由は電力という商品と先物取引の相性の悪さにあります。
市場は買い手・売り手の双方にメリットがあって成立します。長期(例えば1年)に亘った取引を行うメリットは、買い手にとっては将来の調達価格を予め確定し、価格変動リスクを回避することです。売り手にとっては自らの在庫の売り値を確定し、過大な在庫評価リスクを回避することです。実際、世界の商品先物取引はこのような買い手・売り手の利害関係が一致したことから、自然発生的に始まったと理解することができます。
しかし電気の場合、一般商品と異なり貯蔵できないため、在庫という概念が存在しません。したがって発電者にとって未来の卸価格を確定する行為は事実上、投機になってしまいます。一定量の在庫があれば、その商品の調達コストは既に確定済みで、したがって売り値を確定することに経済合理性があります。しかし製造コストや需給環境が変動する未来の商品の売り値を予め確定すると、自らが大きなリスクを背負うことになるのです。
このことは生鮮食品、例えば野菜・果実の先物市場が現に存在しないことを考えるとわかりやすいでしょう。生鮮食品は長期間、保存できないため、特に売り手にとって先物取引を行う経済メリットがないのです(小麦やとうもろこしなど、在庫可能な穀物には先物市場が存在します)。電気も同様の性質を持っているため、一定期間以上の先物取引には商品としての適性を欠いているわけです。
現在の電力取引を巡る議論は、このような商品の特性を反映したものになっていません。経済産業省は、競争環境を維持・発展させることを重視するあまり、市場を買い手である新電力にとって好ましい姿にすることに囚われているように思います。仮にこのような観点から、例えばベース電源を新電力に開放すべきと考えるのであれば、「市場」という体裁を取らずに、電源のコストに基づいた適正価格で一定量を供給する制度を作るべきでしょう。
このような環境下で制度化される電力市場に大きな期待をかけるべきではありません。先物市場やベースロード電源市場が実現しても、価格・量を巡る不満は買い手・売り手から噴出すると考えられます。またその議論に決着がつくまでに、さらに長い期間を要するでしょう。電源を持たない新電力はこれらの卸取引やその制度を巡る議論に自らの将来を賭けるべきではないでしょう。