電力会社のデジタルトランスフォーメーション

2018年11月7日、東京電力パワーグリッドとNTTデータは、有限責任事業組合グリッドデータバンク・ラボ(以下、GDBL)を設立しました。この動きに刺激された関西電力・中部電力も2019年3月、参画を実現し、同組合は現在、これら4社の共同出資により運営されています。

GDBLは主としてスマートメーターを中心とする顧客データを活用し、自治体の防災計画、流通業の出店計画、消費者の家族情報取得などに商機を見出そうとしているようです。電気料金を実質的に唯一の収入源としている電力業界は未来の成長を期待しています。スマートメーターのビッグデータに可能性があるのは事実でしょうが、成果を上げるには克服すべき課題があるのも事実です。本日はこの点について考えたいと思います。

ビジネスプランの構築

これまで電力業界はIT活用に熱心に取り組んできたわけではありません。このため経営者はIT業務に対する苦手意識があり、アウトソーシングする傾向があります(GDBLを外部に立ち上げたのもその表れでしょう)。新たに自社データを活用するビジネスを立ち上げる際、重要なのはテクノロジーの知識ではなく、データの全体像と個性を十分把握し、その利用価値に新たな想像をめぐらせる能力です。スマートメーターを活用する場合、地域別の世帯構成、家電販売の傾向、スマートフォンや太陽光の電力需要への影響など、地域の電力需要に対する総合的な知識が不可欠になります。しかし大企業で社員は縦割り組織の専門分野に特化してきたため、ビジネスのグランドデザインを構築できる人材はかなり限定されています。

セキュリティポリシーの緩和

電力業界の情報部門はセキュリティ確保の建前のもと、加工のためのビッグデータ提供を拒絶する傾向があります。彼らはデータベース管理のアウトソース化を避け、クラウドに依存せず自前のサーバーを関係会社に保有させてます。この点は関係会社の経営、ひいては電力社員の転職先と密接に関連しています。要はセキュリティ確保と情報部門社員の雇用が表裏一体にあり、この結果、データ分析・利用が進まないという実態があります。AIがデータ学習しようにも肝心のデータが出てこない(出さない)のです。GDBLの場合、ライバル他社などと共同出資しているためにこのような傾向に拍車がかかってしまいます。

過剰なコンプライアンス意識

2013年のJR東日本のSUICA情報提供問題は、良くも悪くも個人情報に関する意識を高める契機となりました。JR東日本が扱っていたデータは個人特定ができないため、法的な「個人情報」ではなく、「匿名加工情報」に該当します。したがって法的には問題のない行為だったといって差し支えありません。個人情報保護法に関しては、今後、個人保護を強化する方向に進むのか、産業・生活利用を拡大する方向に進むのか、予断を許しませんが、過剰なコンプライアンス意識がデータ利用の障害となるのは事実でしょう。法遵守は良いのですが、ビッグデータに関する限り、これを過剰に受け止め、行動を起こすまえに縮こまってしまうべきではありません。電力業界は社内ルールを作成し、法が求める以上の情報保護を自らに課す傾向にありますが、このような行為はむしろ慎むべきでしょう。

現時点ではGDBLは大きな成果をあげられていません。その理由として、IT業界からここに挙げたような点がすでに指摘されています。これらの課題を克服し、成果を徐々に上げられることを期待します。