容量市場の憂鬱

日本の電力システム改革は市場メカニズムを最大限活用する方向に向かっています。ベースロード市場、需給調整市場、容量市場、非化石価値取引市場、間接オークションなど、数多くの市場を導入することで経済効率を達成しようというのです。しかし、ほとんど全ての関係者がこれらの市場は機能しないと考えています。

なぜでしょうか?

この中で最も問題が大きいと考えられるのは容量市場でしょう。容量市場では取引の4年前に発電出力価格(=kW価値)を約定させることとされており、電力量価格(=kWh価値)はこれとは別に卸電力市場で約定されます。しかしこの制度はたとえていうと、リンゴを酸味と甘味に分け、それぞれの味覚ごとにオークションにかけるようなものです。酸味では落札したものの、甘味では落札できなかった、という事態が起きた場合、リンゴ農家は困ってしまいます。リンゴの最低売買単位はリンゴ1個であり、1つのリンゴの異なる味覚を異なる市場で取引することは非現実的です。

電力も同様です。発電は発電所と燃料が一体となってはじめて可能になります。

容量市場と卸電力市場を分けてオークションを行った場合、例えば容量市場で成約した電源が卸電力市場では成約しない、といった事態が生じます。本来、稼働しない発電所を無駄に建設するような事態は起こるはずがないのですが、2つの市場の分離はこのような事態を招きかねないのです。

さらに深刻な問題として、発電所の建設費と燃料費には逆相関があります。燃料費の安価な電源ほど建設費が高く、容量市場では競争力をもたないのです。このため従来は年間負荷を吟味し、発電所ごとの設備利用率を考慮した上で、全体として経済合理性の高い電源構成を目指していたわけです。

残念ながら容量市場と卸市場の分離はこのような建設費と燃料費の相関関係や発電所への年間負荷のアロケーションを無視した市場設計なのです。

本来、「市場」は売り手と買い手の双方が合意し、自然発生的に形成されるものです。このような機能するはずのない市場が形成されてしまうのは、実務に疎い官僚が考えた制度を実現しようとしているためです。

昨今、大規模な石炭火力プロジェクトが相次いで中止に追い込まれています。九州電力・東京ガス・出光興産(2019年1月)、中国電力・JFEスチール(2018年12月)、関西電力・東燃ゼネラル(2017年3月)の各プロジェクトが中止発表を行いました。メディアはその背景について、石炭火力に対する逆風をあげていますが、それだけではないでしょう。

市場設計が発電所建設のマーケットに誤ったメッセージを送ったために、特に建設費の高い石炭火力のような発電所計画が中止に追い込まれている可能性が高いのです。